2011'09.23 (Fri) 19:00
「この作品は神!」と、何かにつけて言うのが、昨今の中・高生ライト層の流行ですが、何故、ああ何度も、軽々しく、作品を絶対化し、それに没頭するのだろうか、と幾分高い所から見下ろす人がおります。その程度の作品如きに熱を上げるとはキミもまだまな青いな、私からしたら、楽しむに値しないな、その理由は……とか、そんな作品はつまらんな、という風に。
然り、「つまらん」と言うのは、「面白いのはないか」と問うことであります。そう言う人は、年月を重ねていよいよ「面白いもの」に関して贅沢になった人なのでありましょう。僕自身を顧みると、面白いものに関し贅沢を言う必要のない幼年期は、いつの間にか過ぎ去っていて、面白いものを自ら捜さなければならなくなってから初めて本当に面白い作品に出逢うことができるようになったように思います。
しかし、さて年月を重ねてみると、矢張、次第に作品に対する好奇心を失い、言うなれば貧すれば鈍するというようになりながら、当人は次第に鑑賞者として円熟していくと思い込む人が多いようで、そういう人が専ら、率先して睥睨する側に周っているようであります。また、作品を何でもかんでも、容易に絶対化するライト層を睥睨しているそのうちに、次第に絶対化すること自体を避けるようになり、自分は常に作品を客観的に鑑賞しようとするようになっていく、というのが、非・ライト層の流行であります。
何故、こんな話をしているのかと言うと、上の「この作品は神!」、年月に磨かれて次第に軽蔑の対象になるこの言葉は、何か特殊な魅力を持っていると思われるからであります。
神は、少なくとも、多くの日本人が考えるところの神は、形而上にありあます。ですから、何か具体物を以ってこれを置き換えたり、様々な形容を与えることは、ある意味できない。つまり、言説化し分節化し分析することの不可能な存在でありましょう。
「この作品は神!」と言う時の「神」は、最上級の賛辞を示す形容として使われていますが、上記のことを考えますと、この表現は、これは分析することは中々難しい作品である、という意味も包括しているように思われるのです。僕は、前回のエントリーを見ても分かるように、常々、作品の本当に面白い部分というのは、専ら、言説化し難い個人的な感覚に基づいていていると思っていますから、多くの非・ライト層のように、科学的知性を重視する潮流に乗じて、この言葉を、容易に軽蔑するのは、果たして良いことなのか、と思うのであります。
私が好きな作品と私との関係は、個人的な体験に基づいており、それゆえ私は楽しむのだ、という根本の自覚があれば、他人の好きな作品に就て、ああだこうだと仔細らしく批判することはできまい。その根本が薄らいでいるというのは、矢張貧すれば鈍するであって、自分がつまらんと思う作品に就ては、そういう作品に一々かかずらう程、退屈で、非生産的な、時間の無駄であるものはないと思われますので、ただ一言だけ、つまらんと言っておればよいのです。その作品を楽しんでいる人の前に現れて、その作品に就ての、ひいては、その作品を楽しむ人に就ての批判をわざわざ披露するというのは、余りに不毛なことじゃありませんか。
ただ、悪口を言うというのは、私の感覚はそんな作品如きには満足しない、という、自らがいかに作品を見る目があるのか、という事を披瀝することには確かにつながります。しかし、そういう態度は必ずしも必要なのか。必要なのは、何に対しても「この作品は神!」と思える時代は過ぎ去ったとしても、作品と私という、個人的経験の感覚を忘れずに持っておくことなのではないでしょうか。
然り、「つまらん」と言うのは、「面白いのはないか」と問うことであります。そう言う人は、年月を重ねていよいよ「面白いもの」に関して贅沢になった人なのでありましょう。僕自身を顧みると、面白いものに関し贅沢を言う必要のない幼年期は、いつの間にか過ぎ去っていて、面白いものを自ら捜さなければならなくなってから初めて本当に面白い作品に出逢うことができるようになったように思います。
しかし、さて年月を重ねてみると、矢張、次第に作品に対する好奇心を失い、言うなれば貧すれば鈍するというようになりながら、当人は次第に鑑賞者として円熟していくと思い込む人が多いようで、そういう人が専ら、率先して睥睨する側に周っているようであります。また、作品を何でもかんでも、容易に絶対化するライト層を睥睨しているそのうちに、次第に絶対化すること自体を避けるようになり、自分は常に作品を客観的に鑑賞しようとするようになっていく、というのが、非・ライト層の流行であります。
何故、こんな話をしているのかと言うと、上の「この作品は神!」、年月に磨かれて次第に軽蔑の対象になるこの言葉は、何か特殊な魅力を持っていると思われるからであります。
神は、少なくとも、多くの日本人が考えるところの神は、形而上にありあます。ですから、何か具体物を以ってこれを置き換えたり、様々な形容を与えることは、ある意味できない。つまり、言説化し分節化し分析することの不可能な存在でありましょう。
「この作品は神!」と言う時の「神」は、最上級の賛辞を示す形容として使われていますが、上記のことを考えますと、この表現は、これは分析することは中々難しい作品である、という意味も包括しているように思われるのです。僕は、前回のエントリーを見ても分かるように、常々、作品の本当に面白い部分というのは、専ら、言説化し難い個人的な感覚に基づいていていると思っていますから、多くの非・ライト層のように、科学的知性を重視する潮流に乗じて、この言葉を、容易に軽蔑するのは、果たして良いことなのか、と思うのであります。
私が好きな作品と私との関係は、個人的な体験に基づいており、それゆえ私は楽しむのだ、という根本の自覚があれば、他人の好きな作品に就て、ああだこうだと仔細らしく批判することはできまい。その根本が薄らいでいるというのは、矢張貧すれば鈍するであって、自分がつまらんと思う作品に就ては、そういう作品に一々かかずらう程、退屈で、非生産的な、時間の無駄であるものはないと思われますので、ただ一言だけ、つまらんと言っておればよいのです。その作品を楽しんでいる人の前に現れて、その作品に就ての、ひいては、その作品を楽しむ人に就ての批判をわざわざ披露するというのは、余りに不毛なことじゃありませんか。
ただ、悪口を言うというのは、私の感覚はそんな作品如きには満足しない、という、自らがいかに作品を見る目があるのか、という事を披瀝することには確かにつながります。しかし、そういう態度は必ずしも必要なのか。必要なのは、何に対しても「この作品は神!」と思える時代は過ぎ去ったとしても、作品と私という、個人的経験の感覚を忘れずに持っておくことなのではないでしょうか。
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2011'08.30 (Tue) 02:11
「感想」と言うとその陳腐、自分で自分の語彙の少なさに苛々させられる。
というのも、一応纏めてみたはいいがコレを感想などと言っても良いものかと思うのである。書いてて、自分は語ることが困難なものを敢えて語ろうとしているような気がした。
ここで言う【語ることのできるもの/語ることが困難なもの】とは、【客観的なもの(声優の演技とか、CGとか、背景とか、普通に語れば容易に他人に伝えることのできるもの)/主観的なもの(感動するとか、萌えるとか、はたまた愛してるとか、自分の感情に根ざすもの)】、のことだ。こういうエロゲー感想なるものは、言いたいことが客観的根拠に基づいていればその客観性ゆえ語ることは簡単だし、逆に主観的なものであれば語りづらくなるものである。
例えば少し前、自分は「W.L.O.―世界恋愛機構―」にどっぷり嵌り込んだ。ここまでエロゲーに本当の意味で「嵌った」のは、後にも先にも三回限りであり、そのうちの一回がこのWLOであった(因みに三回目は、勿論コレ)。
その時胸に抱いた気持ちを、周りの友人にとても伝えたかった。ストーリーにいたく感動し、あーちゃんこと久坂愛奈(CV:佐本二厘)にいたく萌えたことを語り聞かせたかった(俺のふーりん好きはここにおいて決定的なものとなった。先日のサンホラオフに行った人で伝えた人には伝えた二次元にガチ恋した相手ですが、彼女こそがそう、紛れもなくそのキャラなのです。今でも定期的にあーちゃんルートはプレイしているのであります。因みにその行為は勝手に「巡礼」と名づけています)。
しかし、語っても語っても一向に伝えたいことを伝えきれず、むしろ語れば語るほど自分が伝えたい気持ちから遠ざかっていくような感覚を味わい、そして、一体どういう言葉で伝えればよいのかと、忽ち言語喪失に陥ってしまったのだ(私がこの時どういう様子だったかは、私の友人Fは覚えているかもしれない。この場を借りて友人Fには謝罪するばかりである。覚えているか、当時を)。こういう経験は、誰しも味わったことがあることだと思う(尤も、拙者の語彙が極度に貧困であったことも多分に影響しているのかも知れないが)。
こういう「容易に言語化できない思い」を表徴させる場は、紛れもなく小説映画その他芸術の場であるが、拙者始めエロゲーの感想を書く人の多くに、そういう芸術を作り上げる、しかもブログの記事を通して上手に作り上げることのできる人は残念ながら少ない思われるので(なんかごめん)、そういう意味で、「語ることが困難なもの」を無理やり語ろうと試みたこのような感想文は、ひどく書き手の趣旨とはかけ離れてしまうと言うのである。(余談だが、芸術なぞと肩を張った表現をせずとも、比較的卑近な例としては同人漫画やMAD動画製作などはまさしく「言語化できない思い」を表徴していると思う。だから、同人作家及びMAD製作者の方々に対しては絶えず尊敬と共に、羨望の眼差しを向けている次第である)
とは言え―「感想を書きたい」と思い立つ時は、必ずと言って良いほど、そのまさしく「言語化し難い思い」について書きたいと思っているのであり、その考えに至った時、自分はその非情なジレンマに行き当たったのである。
そういう葛藤を経てこの感想を書いたのであるが、出来上がったものは結局、どこにも有り触れた感想文であった。しかし、それでも矢張りブログにこれを上げるに至ったのは、それだけこの作品が好きで、なんとしてもその気持ちを書きたいと思ったからだ。これは自分の為になされる個人的な欲求である。
だから、この感情を共有するためには、俺がサッとゲームディスクとティッシュの箱(これは大変重要である)を手渡して「さぁ、やってくれたまえ」
と肩をポンと叩くのが恐らく一番効果的な方法なのであろうが、そういうわけにはいかないのである。(当然、この「やってくれたまえ」には、「心を整える。」という意味も含まれている)
誰の為でもなく、自分の為に生きる。これはまさしく『天使の羽根を踏まないでっ』のストーリーを一貫して流れるテーマのうちの一つである、と強引に繋げたところで本文に入りたいと思う。
ところで―
嫌いな作品とは、作品とは言えぬと判断した作品で、判断は直ちに無関心をもたらすから、私には嫌いな作品というものがないという事になる。嫌いという感情は不毛である。侮蔑の行き着く先は袋小路だ。
小林秀雄の言であるが、これを今敢えて持ち出したのは、ネットのエロゲー感想には「そういうもの」が少なからず存在するからだ。嫌いな作品の感想は、この場合【語ることが難しいもの】に属する訳だから、それはそれで面白いものではあるが。
尚、読者諸賢が本作をプレイしていることを前提とした語り口になっていることから、未プレイの人が読むと拙筆が更に拙筆に見えてしまうので、あまりお勧めはしない。
けどまあ、未プレイの人にもこの感情を少しでも伝えたいので、本文に入る前に一番適切だと思われる方法でこの気持ちを伝える次第だ。
あやめ!あやめ!あやめ!あやめぇぇぇぇぇぇえぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!あやめあやめあやめあやめぇぇぇぇぇえぅぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!双見あやめたんの紺色の髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
羽音ルートのあやめたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
抱き枕カバー化決まって良かったねあやめたん!あぁあああああ!かわいい!あやめたん!かわいい!あっああぁああ!
サントラがついてきて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!ゲームなんて現実じゃない!!!!あ…よく考えたら…
あ や め ち ゃ ん は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!聖ソルイルナぁああああ!!
この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?パッケージ裏のあやめちゃんが僕を見てる?
パッケージ裏のあやめちゃんが僕を見てるぞ!あやめちゃんが僕を見てるぞ!ヨダ絵のあやめちゃんが僕を見てるぞ!!
ゲームのあやめちゃんが僕に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!僕にはあやめちゃんがいる!!やったよ先生!!ひとりでできるもん!!!
あ、ゲームのあやめちゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
おっおおおおっおおっおお嬢様ぁあ!!そ、空ちゃーん!!憩せんぱぁぁぁああああああい!!!っひひひひひひっひっひかるお嬢様あぁぁぁぁああ!!
ううっうぅうう!!俺の想いよあやめへ届け!!聖ソルイルナのあやめへ届け!
このコピペは「芸術」である。
というのも、一応纏めてみたはいいがコレを感想などと言っても良いものかと思うのである。書いてて、自分は語ることが困難なものを敢えて語ろうとしているような気がした。
ここで言う【語ることのできるもの/語ることが困難なもの】とは、【客観的なもの(声優の演技とか、CGとか、背景とか、普通に語れば容易に他人に伝えることのできるもの)/主観的なもの(感動するとか、萌えるとか、はたまた愛してるとか、自分の感情に根ざすもの)】、のことだ。こういうエロゲー感想なるものは、言いたいことが客観的根拠に基づいていればその客観性ゆえ語ることは簡単だし、逆に主観的なものであれば語りづらくなるものである。
例えば少し前、自分は「W.L.O.―世界恋愛機構―」にどっぷり嵌り込んだ。ここまでエロゲーに本当の意味で「嵌った」のは、後にも先にも三回限りであり、そのうちの一回がこのWLOであった(因みに三回目は、勿論コレ)。
その時胸に抱いた気持ちを、周りの友人にとても伝えたかった。ストーリーにいたく感動し、あーちゃんこと久坂愛奈(CV:佐本二厘)にいたく萌えたことを語り聞かせたかった(俺のふーりん好きはここにおいて決定的なものとなった。先日のサンホラオフに行った人で伝えた人には伝えた二次元にガチ恋した相手ですが、彼女こそがそう、紛れもなくそのキャラなのです。今でも定期的にあーちゃんルートはプレイしているのであります。因みにその行為は勝手に「巡礼」と名づけています)。
しかし、語っても語っても一向に伝えたいことを伝えきれず、むしろ語れば語るほど自分が伝えたい気持ちから遠ざかっていくような感覚を味わい、そして、一体どういう言葉で伝えればよいのかと、忽ち言語喪失に陥ってしまったのだ(私がこの時どういう様子だったかは、私の友人Fは覚えているかもしれない。この場を借りて友人Fには謝罪するばかりである。覚えているか、当時を)。こういう経験は、誰しも味わったことがあることだと思う(尤も、拙者の語彙が極度に貧困であったことも多分に影響しているのかも知れないが)。
こういう「容易に言語化できない思い」を表徴させる場は、紛れもなく小説映画その他芸術の場であるが、拙者始めエロゲーの感想を書く人の多くに、そういう芸術を作り上げる、しかもブログの記事を通して上手に作り上げることのできる人は残念ながら少ない思われるので(なんかごめん)、そういう意味で、「語ることが困難なもの」を無理やり語ろうと試みたこのような感想文は、ひどく書き手の趣旨とはかけ離れてしまうと言うのである。(余談だが、芸術なぞと肩を張った表現をせずとも、比較的卑近な例としては同人漫画やMAD動画製作などはまさしく「言語化できない思い」を表徴していると思う。だから、同人作家及びMAD製作者の方々に対しては絶えず尊敬と共に、羨望の眼差しを向けている次第である)
とは言え―「感想を書きたい」と思い立つ時は、必ずと言って良いほど、そのまさしく「言語化し難い思い」について書きたいと思っているのであり、その考えに至った時、自分はその非情なジレンマに行き当たったのである。
そういう葛藤を経てこの感想を書いたのであるが、出来上がったものは結局、どこにも有り触れた感想文であった。しかし、それでも矢張りブログにこれを上げるに至ったのは、それだけこの作品が好きで、なんとしてもその気持ちを書きたいと思ったからだ。これは自分の為になされる個人的な欲求である。
だから、この感情を共有するためには、俺がサッとゲームディスクとティッシュの箱(これは大変重要である)を手渡して「さぁ、やってくれたまえ」
と肩をポンと叩くのが恐らく一番効果的な方法なのであろうが、そういうわけにはいかないのである。(当然、この「やってくれたまえ」には、「心を整える。」という意味も含まれている)
誰の為でもなく、自分の為に生きる。これはまさしく『天使の羽根を踏まないでっ』のストーリーを一貫して流れるテーマのうちの一つである、と強引に繋げたところで本文に入りたいと思う。
ところで―
嫌いな作品とは、作品とは言えぬと判断した作品で、判断は直ちに無関心をもたらすから、私には嫌いな作品というものがないという事になる。嫌いという感情は不毛である。侮蔑の行き着く先は袋小路だ。
小林秀雄の言であるが、これを今敢えて持ち出したのは、ネットのエロゲー感想には「そういうもの」が少なからず存在するからだ。嫌いな作品の感想は、この場合【語ることが難しいもの】に属する訳だから、それはそれで面白いものではあるが。
尚、読者諸賢が本作をプレイしていることを前提とした語り口になっていることから、未プレイの人が読むと拙筆が更に拙筆に見えてしまうので、あまりお勧めはしない。
けどまあ、未プレイの人にもこの感情を少しでも伝えたいので、本文に入る前に一番適切だと思われる方法でこの気持ちを伝える次第だ。
あやめ!あやめ!あやめ!あやめぇぇぇぇぇぇえぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!あやめあやめあやめあやめぇぇぇぇぇえぅぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!双見あやめたんの紺色の髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
羽音ルートのあやめたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
抱き枕カバー化決まって良かったねあやめたん!あぁあああああ!かわいい!あやめたん!かわいい!あっああぁああ!
サントラがついてきて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!ゲームなんて現実じゃない!!!!あ…よく考えたら…
あ や め ち ゃ ん は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!聖ソルイルナぁああああ!!
この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?パッケージ裏のあやめちゃんが僕を見てる?
パッケージ裏のあやめちゃんが僕を見てるぞ!あやめちゃんが僕を見てるぞ!ヨダ絵のあやめちゃんが僕を見てるぞ!!
ゲームのあやめちゃんが僕に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!僕にはあやめちゃんがいる!!やったよ先生!!ひとりでできるもん!!!
あ、ゲームのあやめちゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
おっおおおおっおおっおお嬢様ぁあ!!そ、空ちゃーん!!憩せんぱぁぁぁああああああい!!!っひひひひひひっひっひかるお嬢様あぁぁぁぁああ!!
ううっうぅうう!!俺の想いよあやめへ届け!!聖ソルイルナのあやめへ届け!
このコピペは「芸術」である。
2011'07.31 (Sun) 22:31
こ・ん・に・ち・わ・ああああっ!(神父風に)
昨日、地元新潟でのSHコンサート行って参りま舌ッ!
地方民にとって、自分の土地でコンサートが開かれるというのは、それはそれは嬉しいことなのであります。
~seven month ago~
其れは、或る冬の日の黄昏、寂れたパシフィコ横浜であった―
↓↓↓
【午後に加筆】12/22 パシフィコ横浜 Sound Horizon 7th Story Concert「Märchen」~ キミが今笑っている、眩いその時代に・・・ ~ 初日参戦レポ
>そして次のコンサートはいつだろう。聖誕祭、の前に4次領拡があるかどうか。
>あったら次こそ新潟でやって欲しいなぁ・・・でも新潟じゃ無理だろうなぁww
と思ってた矢先に新潟ァァァァァァァッァァァァァァァァァァァ!!!!!!
・・・・・・ふぅ。
気を取り直して、参戦レポで御座います。
09:00【出発】
前々日から断続的に降り続いた雨で、川の水位が上がっておりました。信濃川の河川敷は相当な被害を受けたようで、来週の新潟花火が心配されますが、大丈夫なんでしょうか・・・・・・。
コンサート会場である新潟テルサは、鳥屋野潟に隣接しているということで、少なからずコンサートの開催を一人勝手に危ぶんでおりましたが、いやはや杞憂に終わって良かった。

鳥屋野潟流域。普段より水位が上がっていました。
09:05【会場到着】
既に物販の列が会場外に出ていました。三十名程度のものでした。
列に並んだところ、前の方より、謎の団扇が前の方からまわってきて、その面にマジックペンで「最後尾はこちらです」と手書きしてありました。
三十分程経ちましたところ、テルサのドアが開きまして、中へと誘導されました。
しばらくすると、列の前のほうから色紙とペンが回ってきて、みんなでメッセージを書いて、それを献上品として納める(訳:出演者にプレゼントとして渡す)という企画のようでしたので、熱い想いを込めることを苦手し、さりとて絵を描く技術も無いので、いっぱい≪米菓子≫(柿の種)食べていって下さいッ!
と書きました。しかし、絵を描かれていた方、超絶上手かった・・・・・・。
前の方が「雷神域の新潟へようこそ!」と書いておられましたが、当日の新潟は正に雷神域でした。
それなのに何故、アルカディアの王子が出ないのか。\なんてことだ/
あとですね、サンホラのコンサートに行く時にいつも思うのですが、女性の方々、黒ミニスカ+ニーソの組み合わせが多すぎやしませんかね。
全く、けしからん[吐血]
だから、ちょっと触らせてでなければぺろぺろさせてしからずんば死を与えよもう少し違ったファッションをなされたらよいのだ。
12:30【物販】
物販。購入。戦利品。

①パンフレット
②復興腕章&タトゥーシール[復興への願い+1000]
③キーホルダー[攻撃力+5、愛国心+3]
④Marchenメタルチャームコレクション[守備力+7、復讐力+7]
⑤缶バッジ
⑥ご当地缶バッジ[ご当地愛+10]
⑦Tシャツ[守備力+8、愛国心+5]
⑧王様君&Lion君仮装クッキー[HP50回復、ドキドキ感+9+7]
ご当地缶バッジに就て。

王様君メッチャ米かき込んでる!!
そして、一時帰宅の後、再びテルサへ。
17:00【開場】


さて、これより開演なのですが、ここで追記へと一呼吸置かせていただきます。
なるべく客観的に書こうとはしますが、ところどころ主観を織り交ぜるような形になろうと思います。また、記憶に頼りきりである故内容がアイマイになっています。
それでは。
昨日、地元新潟でのSHコンサート行って参りま舌ッ!
地方民にとって、自分の土地でコンサートが開かれるというのは、それはそれは嬉しいことなのであります。
~seven month ago~
其れは、或る冬の日の黄昏、寂れたパシフィコ横浜であった―
↓↓↓
【午後に加筆】12/22 パシフィコ横浜 Sound Horizon 7th Story Concert「Märchen」~ キミが今笑っている、眩いその時代に・・・ ~ 初日参戦レポ
>そして次のコンサートはいつだろう。聖誕祭、の前に4次領拡があるかどうか。
>あったら次こそ新潟でやって欲しいなぁ・・・でも新潟じゃ無理だろうなぁww
と思ってた矢先に新潟ァァァァァァァッァァァァァァァァァァァ!!!!!!
・・・・・・ふぅ。
気を取り直して、参戦レポで御座います。
09:00【出発】
前々日から断続的に降り続いた雨で、川の水位が上がっておりました。信濃川の河川敷は相当な被害を受けたようで、来週の新潟花火が心配されますが、大丈夫なんでしょうか・・・・・・。
コンサート会場である新潟テルサは、鳥屋野潟に隣接しているということで、少なからずコンサートの開催を一人勝手に危ぶんでおりましたが、いやはや杞憂に終わって良かった。

鳥屋野潟流域。普段より水位が上がっていました。
09:05【会場到着】
既に物販の列が会場外に出ていました。三十名程度のものでした。
列に並んだところ、前の方より、謎の団扇が前の方からまわってきて、その面にマジックペンで「最後尾はこちらです」と手書きしてありました。
三十分程経ちましたところ、テルサのドアが開きまして、中へと誘導されました。
しばらくすると、列の前のほうから色紙とペンが回ってきて、みんなでメッセージを書いて、それを献上品として納める(訳:出演者にプレゼントとして渡す)という企画のようでしたので、熱い想いを込めることを苦手し、さりとて絵を描く技術も無いので、いっぱい≪米菓子≫(柿の種)食べていって下さいッ!
と書きました。しかし、絵を描かれていた方、超絶上手かった・・・・・・。
前の方が「雷神域の新潟へようこそ!」と書いておられましたが、当日の新潟は正に雷神域でした。
それなのに何故、アルカディアの王子が出ないのか。\なんてことだ/
あとですね、サンホラのコンサートに行く時にいつも思うのですが、女性の方々、黒ミニスカ+ニーソの組み合わせが多すぎやしませんかね。
全く、けしからん[吐血]
だから、ちょっと
12:30【物販】
物販。購入。戦利品。

①パンフレット
②復興腕章&タトゥーシール[復興への願い+1000]
③キーホルダー[攻撃力+5、愛国心+3]
④Marchenメタルチャームコレクション[守備力+7、復讐力+7]
⑤缶バッジ
⑥ご当地缶バッジ[ご当地愛+10]
⑦Tシャツ[守備力+8、愛国心+5]
⑧王様君&Lion君仮装クッキー[HP50回復、ドキドキ感+9+7]
ご当地缶バッジに就て。

王様君メッチャ米かき込んでる!!
そして、一時帰宅の後、再びテルサへ。
17:00【開場】


さて、これより開演なのですが、ここで追記へと一呼吸置かせていただきます。
なるべく客観的に書こうとはしますが、ところどころ主観を織り交ぜるような形になろうと思います。また、記憶に頼りきりである故内容がアイマイになっています。
それでは。
テーマ : Sound Horizon - ジャンル : 音楽








